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自由には責任が伴う
家にこんなものがあるねんけど、捨てた方がいいやんなぁ?
と聞かれる事があります。
私が見たことも聞いたこともないその人の家にあるソレを捨てるか捨てないかの判断を促されるわけです。
心の中で叫ぶ答えは
「知らんがな」です。
けど、大人ですから。心の声を漏らせるような間柄なら言いますがそうでない場合は「あなたはどう思いますか?」と聞き返します。
責任を持ちたくない
ものを捨てるのも捨てないのも、自由だー!ということをみなさんお忘れです。
所有物は、所有権がある人が自由にして良いもの。なのに、関係のない他人に聞いてしまう。その理由は、もし後悔した時に「あの人が言ったから」と、他責にできるからではないでしょうか。それは、心がラクだかりです。責任転嫁する方がラクです。
何か起こった時に自責にして振り返り反省できると人は成長します。でもこれは痛みや苦しみが伴うことでもあります。
一方、前述した他責はラクですが反省もせず同じことを繰り返す恐れがあります。それどころか人のせいにして心の中で敵を作ることでどんどん今の居心地が悪くなります。
そんなことはもうやめにしませんか?です。
考えることを放棄する
もう一つは、自分で決めるより人に決めてもらいたい、決められない、があります。
考えるのもめんどくさい、世間的には良いとされていることをしておけば良い気がする。長いものに巻かれろという言葉もあります。
でもそれであなたの人生良いのでしょうか?
自分の人生を自分で舵取りしないと死ぬ間際に絶対後悔してしまいます。
人は死ぬ前に後悔するのは「やったけど失敗した事」ではなく、「やらなかった事」だそうです。やっておけば良かった、という後悔は日に日に大きくなるそうです。
全て人任せで人にやってもらう、は考えることを放棄し真剣に向き合っていないという事です。それで本当に良いのでしょうか?
お墨付きが欲しい
自分で決めたのは良いけど、誰かにオッケーを出してもらうとか背中を押してもらう、確認を取ったり、お墨付きをもらわないと実際の行動に移せない、ということもかあります。
それが、自分がちゃんと決めてから結果を伝えるのと、迷っている段階でそれっぽく聞くのとではぜんぜん違います。
決めて伝えたように見せかけて、後者の場合は相談した人に反対されたらそちらに流れることになります。
それは、自分で決めたとは言えません。
何故、を五回繰り返す
トヨタ式の考え方で、何故を五回繰り返すと本質にたどり着くという事があります。
①何故そのモノを捨てて良いか他人に聞いた(聞こうと思った)のか?→捨てて良いか不安だったから
②何故不安になったのか→世間的には持っていた方がいいのかなと思った
③何故世間が軸になるのか→みんなにどう思われるか気になる
④何故みんながどう思うかを気にするのか→自分軸で生きていない
⑤何故自分軸で生きられないのか→自分軸がないから
はい!自分軸を作って自分で自分のことを決められるようになりましょう!
そのためには自分で自分のものを要不要に分ける、「自分の物差しで決める」トレーニングが必要です!
さぁ!片付けでその練習しましょう!
となります。
失敗してもいいからやってみる
失敗から学ぶことはたくさんあります。エジソンは失敗を失敗ととらえませんでした。
うまくいかない方法がわかっただけ!
ととらえたそうです。その通り。
超絶ポジティブ人間になれとは申しませんが、自分で自分を卑下する必要は微塵もありません。
あー!いるものを捨ててしまった!という事があっても命を取られるようなことはありません。
以前、この世の中で仕入れたものはまた買い直す際には進化したもっと良いものが手に入ることになっています。
捨てる事を、恐れるな!
空いたスペースにはさらに良いものがやってきます。それは、進化した、更に良いものという場合もありますが「余白」という目に見えない心の余裕の場合もあります。
なんでも上手になるためにはトレーニングや反復練習が必要です。
何でも10年やったらプロになれると言いますからね。
今から始めてみて下さい。
自分軸で、不要と判断して捨ててみる事。
意外と快感になるかもです。